江戸時代の、痔の治療法とは──江戸の昔から、日本人にはおなじみの病い
寛政7(1795)年、文人・津村淙庵(正恭)が聞き書きをまとめた見聞録『譚海』。
とくに第15巻「諸病妙薬聞書」は、いろいろな民間療法について書かれています。
『譚海』全巻中、痔の話題は、眼病・食傷(食あたり)・歯痛・疝気(腹痛)についで、第5位の頻度です。
つまり、それだけ当時から、痔は日本人におなじみの病いだったということです。
さらに、元禄6(1693)年、徳川光圀が、藩医・穂積甫庵に編集させた『救民妙薬』による、
当時の痔の民間療法は、以下のようなものでした。
・シジミの煎じ汁、またはイチジクの葉の煎じ汁で患部を洗う
・サバの頭を黒焼きにし、患部に塗る
さらに、出典不明ですが「根深(長ネギ)の白根を蒸し、患部に温湿布する」という民間療法もあったそうです。
重症の痔の場合、当時の究極の治療法は、温泉療治でした。
関東では「箱根7湯」のうち、とくに底倉温泉が、痔の養生に最適とされました。
『底倉の山駕籠 尻が傷んでる』
と、当時の川柳にも詠まれています。
底倉温泉は、2本の川が合流する辺の深い渓谷にあります。
湯治客は小田原宿から、専用の山駕籠に乗ってやってきました。
けわしい山道を昇り降りするため、駕籠の尻(座席部分)は、いたみやすいだろう。
そして乗っている客の尻も、痔でいたんでいる・・という、二重の意味となっています。
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